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2019年4月30日 (火)

平成最後の日に、平成30年間の自分を振り返る

本日、平成最後の日です。

1989年、就職活動が一段落し、前の大学を卒業するための準備のためにいろいろ大詰めを迎えていたころ、昭和が終わりました。

それは突然のようですが、半年くらい前からの昭和天皇の病状などから、いつくるかわからないけどいずれは来そうなXデーのような扱いでした。

今回は、今上天皇の退位、皇太子の即位ということもあり、30年前のような世紀末のような雰囲気ではなく、明るい雰囲気で迎えている印象です。

さて、せっかくなので、唐突な気もしますが、できる限りで平成30年を振り返ってみたいと思います。もっと早くから考えておけばよかった気もしますが。まずは、私自身の30年を振り返ります。

ちょうど30年前の今ごろ、私は新卒入社社員として、社会人の第一歩を踏み出しました。サラリーマン編集者として、自身のキャリアをスタートしました。

平成スタートと共に、消費税もスタートし、経済はバブル真っ只中と、その直後の就職氷河期やらロスジェネやらに入る直前に、当時勢いのあるベンチャー企業に入社できたのは、ひとえにラッキーだったと思います。

編集者として働いている間は、さまざまなジャンルの雑誌、書籍の編集に携わりました。資格試験学習雑誌、テレビゲーム情報雑誌、パソコン情報雑誌、テレビゲーム攻略書籍、パソコンソフト技術書籍、最後に改めて資格試験学習ムック、という具合です。

ただ、私はとにかく作業が遅く、当時の上司にはいろいろ迷惑かけていたと思います。理系の大学出身なのに、文系素養が全くない状態での編集業務は、やっぱり無謀だったように思えます。

20代のキャリアは、編集者として過ごしましたが、たまたま蓄財がうまく行ってしまったのと、自身の社内評価が明らかに低いであろうことを感じ、リストラ、というか出版部門以外の部署移動の打診があった段階でサラリーマンを卒業することにしました。2002年ころの話です。

実は、蓄財がうまく行ってしまったころから、それがなぜなのかとマネー雑誌などを読み始めたことにより、ファイナンシャルプランナーという仕事に巡り合いました。FPスキルで自分の財産状況を分析したら、あれ、もしかしてサラリーマン辞めても一生食べていけそう、と思えたのでした。

ほとんどの人がそうだと思いますが、ファイナンシャルプランナーを始めると、最初の顧客は自分になります。自分をサンプルにキャッシュフロー表を作り、ライフイベント表を作り、どれくらい稼げるようになりたいか、みたいな皮算用をしたものです。

サラリーマンを辞めてから、AFP資格、そしてCFP資格の獲得まで一気に行きました。それらと並行して、個人の保険代理店業、さらには当時証券仲介業という名称だった、金融商品仲介業を行うようにもなりました。これが30代~40代前半までのキャリアです。

私がFP業を学んだ当時の先輩方によれば、お客様から相談料をいただき、それと同時に保険や投資信託の購入を手伝い、そちらからの手数料もいただくことで、事業が維持できるようになる、と教えられました。

現実はそれほど甘い話ではありませんでした。当時、日本のFP業界はアメリカの20年遅れだから、いずれはアメリカに追いつく、という言説でした。現在、もしかしたらもっと離れているような印象もありますが、業界からはちょっと距離を置き、CFP資格維持しかしていないので正直細かくはわかりません。

ただ、金融庁としては、保険営業や証券営業が、販売手数料以外の相談料みたいなものを別に料金を取るということに、たいへん厳しい目を向けているようです。そもそも、販売手数料のなかにそういった手間賃を含めているどころか、成績優秀者にはボーナス出してるだろ、みたいな。

現在も、投資助言業はあくまで指図、何を買え、何を売れ、という相談に対しての手数料や、成功報酬、すなわち指示によって儲けられた金額の一部は受け取れても、実際の金融商品売買時の手数料は受け取れない、という建て付けになってるはずです。

保険代理店業、金融商品仲介業、FP業の平行というのを、個人でやるというのは本当にきつくなりました。顧客にあらぬ予断を与えないがために、作らねばならない書類が膨大になっていき、正直、パンクしました。実際にはパンクするほど顧客はいませんでしたが、それでも手続きがどんどん煩雑になっていきました。

ちょっと無理。他人に金融商品を買ってもらうより、自分で売買して自分だけで儲ければいい、と思うようになったところで、保険営業、証券営業から足を洗う決断をしました。これが40代後半。2014年ころの話です。

結局、その間でいちばん成功していたのは、自分の資産運用でした。なので、その経験を生かしてどうにかできないだろうか、という思いで、いろいろ動いていました。プロフィール作成とか、出版実現とか、そのようなものを模索しました。

残念ながら、自分の名前で普通に商業出版するのはかないませんでしたが、その活動の中で出会いがありました。48歳で通信課程の大学に入学し、12年かけて60歳で卒業し、その後の人生を変えた、という女性と巡り合えたのです。

話をちょっとそらしますが、現在、出版というのは簡単です。お金出せば普通にアマゾンで販売できる書籍はいくらでも出版できます。しかも安価です。難しいのは商業出版です。つまり、出版社からぜひ、と声をかけられるタイプの出版です。出版社側にもノルマがありますし、そのたまたまのタイミングで巡り合えれば商業出版できるかもしれません。

話を60歳で卒業した女性に戻しますが、その人の半生、そして卒業後にどのような活躍をしたか、などが、出版社の目にとまり、見事に自著出版を実現しました。

なるほど。

実は、このとき、私は彼女が入学したときと同じ48歳での入学が可能なタイミングでした。出版が順調に実現すれば忙しい日々になりそうでしたが、コネクションだけ作っても実際には簡単には出版は実現しないという現実により、けっこうヒマでした。

ならば、新たに大学で勉強してみるのもありだな、と思いました。願書を取り寄せ、先輩方のブログを読み、どのような段取りで学んでいくのかを調べつつ、通信制大学に入学したのが2015年でした。

出身大学があるため、学士入学しましたが、その後、大学の卒業証明書ではなく、高校の卒業証明書だけ提出すれば普通課程での入学が可能だったと聞いて、それもありかなとも思いましたが、さすがに当時、はそこまで思い当たりませんでした。

そして、さすがに最短の2年半での卒業はむりだろうな、4~5年で卒業できるように頑張ろう、と、最初から思ってました。その後の経過は、直近4年のブログのとおりです。

現段階では、卒論のスケジュールがまったく見通せないため、卒業未定です。私は平成元年に前の大学を卒業しており、平成最後の年とか、せめて令和最初の卒業生になれるかも、とも思ってましたが、現段階では無理でした。

以上が、私の30年です。いろいろやりましたが、少なくとも30年前に、自身の希望に近い編集者として就職した自分には、まさか30年後、通信とはいえ学生生活を満喫しているとは、さすがに想像つかなかったでしょう。本来なら今ごろは、ゲーム雑誌、ゲーム業界に関わる仕事を続けているはずでした。

もちろん、サラリーマンを辞め、FP業というものにとても希望をもって飛び込んだ時の自分も、同様の状況は想像できないでしょう。ライフプラン、マネープランをばりばり作って、顧客に感謝されつつ過ごしているはずでした。

さて、平成の30年が終わります。令和の時代から始まる、今後の30年はどうなるでしょうか?

私としては、82歳の自分をあまりガチガチに想像せず、もちろん想像したところで想像した通りにはならないでしょうから、コツコツと目の前のできることをやるしかないのかな、と考えています。

ともあれ、現在の通信制大学の卒業を成し遂げてからにしたいと思います。そして、卒業後は、いまの大学で培ったリサーチ力、文章作成技術などを使って、そこからお小遣い程度の収入が得られるようになれば御の字だな、とも思っています。

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